ネガティブは常に勝利する

知人の以下の発言を見て、頭に思い浮かんだ言葉が今回のタイトルにもしている“ネガティブは常に勝利する”である。

ファシリテーションだけとか、プロジェクトマネジメントだけをやりたくってチームに近づく人に「スクラムマスター」のお墨付きをつけちゃうとだいぶ危ない感じはする。そういうバリューの出し方もあるかもしれないから一概には言えないけど。

知人の発言は以下のような“杞憂”とは異なる、と仮定しよう。

新しいことに対して「○○だから不安だ、ダメだ」とさえ言っていけば、それが的中すれば「だから言ったのに」となる。逆に杞憂に終わっても「よかったね」と丸く収まる。故に、ネガティブは常勝する。だけどそこには、モノを生み出す、あるいは人を引っ張る力は”一切”ないからね。
桜井 政博

そうであるなら、Scrum Allianceに掛けあってカイゼンしてもらうという手がある。Scrum Allianceは認定研修を受けた人に認定スクラムマスターを与えているのだから。

しかし、そう考えると、“車の運転免許を持っていてもスピード違反を犯す人がいるので、そんな人に車を運転して良いよとお墨付きをつけるのも危ない”とも言えることになる。もちろん、“スクラムマスター”は例外と言い張るのなら別だが。

というか、そもそも“ファシリテーションだけとか、プロジェクトマネジメントだけをやりたくってチームに近づく人に「スクラムマスター」のお墨付きをつけちゃうとだいぶ危ない”のは正しいのだろうか?

つまり、“その役割にそぐわない(と発言主)が思う人にお墨付きをつけるのは危ない”のだろうか?

イエスは「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」と言った。これを聞いて誰も女に石を投げることができず、引き下がった。また、イエスも女の罪を許した。
罪の女 – Wikipedia

誰しもが最初はその役割にそぐわないものだ。それは“スクラムマスター”に限らず、“エンジニア”も、“マネージャ”も、すべてだ。

ではどうやってその役割にそぐうようになるのか? それは経験とその時に自分で行った判断によって知識を得る、つまりうまくいった経験やうまくいかなかった経験を積み重ねていくことで、役割にそぐうようになっていくということだ。

さて、ここで角征典さんがスクラムガイドを日本語訳してくれているので、少し見てみよう。

スクラムの理論

スクラムは、経験的プロセス制御の理論(経験主義)を基本にしている。経験主義とは、実際の経験と既知に基づく判断によって知識が獲得できるというものである。スクラムでは、反復的かつ漸進的な手法を用いて、予測可能性の最適化とリスクの管理を行う。
経験的プロセス制御の実現は、透明性・検査・適応の3本柱に支えられている。

さて、あなたは“ファシリテーションだけとか、プロジェクトマネジメントだけをやりたくってチームに近づく人”に

役割にそぐうようになるのを期待して、透明性・検査・適応の3本柱で経験を得る機会を与えるのか。

それともただ「ファシリテーションだけとか、プロジェクトマネジメントだけをやりたくってチームに近づく人に「スクラムマスター」のお墨付きをつけちゃうとだいぶ危ない感じはする」と言うだけなのか。

どちらが“ファシリテーションだけとか、プロジェクトマネジメントだけをやりたくってチームに近づく人”、あなたの双方がWin-Winになると思うだろうか。

少し考えてみるのも面白いかもしれない。